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1908年ロンドンオリンピック マラソンの結果

   

オリンピック男子マラソン歴代(メダリスト)と日本人選手の記録
オリンピック女子マラソン歴代(メダリスト)と日本人選手の記録

1908年ロンドンオリンピック マラソンの結果

1908/7/24 距離:42.195㎞
男子
順位 タイム 名前 所属
1 2:55:18 Johnny Hayes
ジョニー・ヘイズ
アメリカ
2 2:56:06 Charles Hefferon
チャールズ・ヘフェロン
南アフリカ
3 2:57:10 Joseph Forshaw
ジョセフ・フォーショウ
アメリカ
4 2:59:44 Alton Welton アメリカ
5 3:01:44 William Wood カナダ
6 3:04:28 Frederick Simpson カナダ
7 3:06:47 Harry Lawson カナダ
8 3:07:51 John Svanberg スウェーデン
9 3:09:15 Lewis Tewanima アメリカ
10 3:09:51 Kalle Nieminen フィンランド
11 3:12:46 Jack Caffery カナダ
12 3:16:09 William Clarke イギリス
13 3:17:31 Ernest Barnes イギリス
14 3:17:52 Sidney Hatch アメリカ
15 3:19:09 Frederick Lord イギリス
16 3:20:07 William Goldsboro カナダ
17 3:20:14 James Beale イギリス
18 3:26:26 Arnost Nejedl? ボヘミア
19 3:26:39 Georg Lind ラトピア
20 3:28:49 Willem Wakker オランダ
21 3:30:21 Gustaf Tornros スウェーデン
22 3:33:26 George Goulding カナダ
23 3:47:44 Julius Jorgensen デンマーク
24 3:50:17 Arthur Burn カナダ
25 3:50:30 Emmerich Rath オーストリア
26 3:53:15 Rudy Hansen デンマーク
27 4:22:45 George Lister カナダ
DNF Victor Aitken オーストララシア
DNF Fred Appleby イギリス
DNF Henry Barrett イギリス
DNF George Blake オーストララシア
DNF Umberto Blasi イタリア
DNF Wilhelmus Braams オランダ
DNF George Buff オランダ
DNF Fran?ois Celis ベルギー
DNF Edward Cotter カナダ
DNF Alexander Duncan イギリス
DNF Thomas Jack イギリス
DNF Nikolaos Kouloumberdas ギリシャ
DNF Anastasios Koutoulakis ギリシャ
DNF Seth Landqvist スウェーデン
DNF Johan Lindqvist スウェーデン
DNF Tom Longboat カナダ
DNF Joseph Lynch オーストララシア
DNF James Mitchell-Baker 南アフリカ
DNF Thomas Morrissey アメリカ
DNF Frederick Noseworthy カナダ
DNF Jack Price イギリス
DNF Fritz Reiser ドイツ
DNF Michael Ryan アメリカ
DNF John Tait カナダ
DNF Frederick Thompson イギリス
DNF Arie Vosbergen オランダ
DNF Albert Wyatt イギリス
DNS Thure Bergvall スウェーデン
DNS Augusto Cocca イタリア
DNS Felix Kwieton オーストリア
DNS James J. Lee アメリカ
DNS Frederick Lorz アメリカ
DNS Ivar Lundberg スウェーデン
DNS L. Merenyi ハンガリー
DNS A. B. Mole 南アフリカ
DNS Hermann Muller ドイツ
DNS Paul Nettelbeck ドイツ
DNS James W. O’Mara アメリカ
DNS Georg Peterson スウェーデン
DNS C. E. Stevens 南アフリカ
DNS Samuel Stevenson イギリス
DNS W. F. Theunissen オランダ
DNS Alexander Thibeau アメリカ
DNS Vincent 南アフリカ
DNS W. Wood アメリカ
DSQ Dorando Pietri
ドランド・ピエトリ
イタリア


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エピソード

 マラソンの距離が42.195㎞になった理由は、このオリンピックによるところが大きいとされています。
 詳しくは マラソンが42.195㎞の理由、由来で確認してください。

 もう一つマラソンの距離が42.195㎞になったエピソードがあります。
これもマラソンが42.195㎞の理由、由来で述べていますが、もっと詳しく書いてみたいと思います。

 失格になったドランド・ピエトリは、スタート直後はかなり遅いペースで走っていました。彼は32㎞付近でトップのチャールズ・ヘフェロンより4分遅い2位で通過しました。チャールズ・ヘフェロンの姿が見えるとさらにスピードをアップし39㎞付近でトップに躍り出ました。

 しかし、それから2㎞走ったところで脱水症状に襲われスタジアムに入った時は意識はモウロウとしてコースも間違えるほどでした。

 スタジアムに入ってきたときのタイムは2時間44分ほどでした。当時の世界最速記録は2時間51分36秒(41.86㎞)だったので驚異的なスピードと言えます。

 ドランド・ピエトリはスタジアムの中でゴールまで4度も倒れ、わずか350メートルを10分もかかるほどでした。
 ドランド・ピエトリは倒れるたびに職員が助けに行きました。
 それでやっとでゴールできました。その時の記録が2:54:46です。

 しかし、2番手に入ってきたジョニー・ヘイズ(アメリカ)が講義して、ドランド・ピエトリは失格になりました。

 この時のドランド・ピエトリは、失格になったものの世界的なマラソン熱になるまでになりました。

 その後、ドランド・ピエトリとジョニー・ヘイズはプロのマラソンランナーになり2度戦ったそうです。
結果はドランド・ピエトリが2勝しています。

 これらのことがありポリテニックマラソンなど多くのマラソンが42.195㎞を採用しました。

感想

 夏季オリンピックのマラソンは、本当に過酷です。このオリンピックでもマラソンを途中棄権したのが63%もいます。現在でも気温が高く過酷だと思いますが昔はコースも整備されてなく給水場なども不十分だったんでしょうね。
 夏場のマラソンではこのような悲劇を何度も見たことがあります。

女王のことでたまたま42.195㎞なったのかもしれませんが、こんなことがおきなければ42.195㎞になってなかったかもしれませんね。


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