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1912年ストックホルムオリンピック マラソンの結果

   

オリンピック男子マラソン歴代(メダリスト)と日本人選手の記録
オリンピック女子マラソン歴代(メダリスト)と日本人選手の記録

1912年ストックホルムオリンピック マラソンの結果

1912/7/14 距離:40.2㎞
男子
順位 タイム 名前 所属
1 2:36:55 Ken McArthur
ケン・マッカーサー
南アフリカ
2 2:37:52 Christian Gitsham
クリスチャン・ギツシャム
南アフリカ
3 2:38:42 Gaston Strobino
ガストン・ストロビノ
アメリカ
4 2:42:08 Andrew Sockalexis アメリカ
5 2:42:19 James Duffy カナダ
6 2:43:25 Sigfrid Jacobsson スウェーデン
7 2:44:19 John Gallagher アメリカ
8 2:45:47 Joseph Erxleben アメリカ
9 2:46:41 Richard Piggott アメリカ
10 2:49:49 Joseph Forshaw アメリカ
11 2:50:36 Edouard Fabre カナダ
12 2:50:47 Clarence DeMar アメリカ
13 2:51:07 Renon Boissiere フランス
14 2:52:11 Henry Green イギリス
15 2:52:23 William Forsyth カナダ
16 2:52:41 Lewis Tewanima アメリカ
17 2:52:54 Harry Smith アメリカ
18 2:59:35 Thomas Lilley アメリカ
19 3:00:05 Arthur Townsend イギリス
20 3:00:48 Felix Kwieton オーストリア
21 3:01:39 Frederick Lord イギリス
22 3:02:05 Jacob Westberg スウェーデン
23 3:04:59 Axel Simonsen ノルウェー
24 3:06:13 Carl Andersson スウェーデン
25 3:09:25 Edgar Lloyd イギリス
26 3:11:37 Iraklis Sakellaropoulos ギリシャ
27 3:13:32 Hjalmar Dahlberg スウェーデン
28 3:16:35 Ivar Lundberg スウェーデン
29 3:21:57 Johannes Christensen デンマーク
30 3:21:58 Olaf Lodal デンマーク
31 3:25:22 Odon Karpati ハンガリー
32 3:26:56 Calle Nilsson スウェーデン
33 3:27:04 Emmerich Rath オーストリア
34 3:36:35 Otto Osen ノルウェー
35 不明 Elmar Reimann ロシア
36 54年8か月6日
5:32:20
金栗四三 日本
DNF Alexis Ahlgren スウェーデン
DNF Henry Barrett イギリス
DNF James Beale イギリス
DNF Thure Bergvall スウェーデン
DNF James Corkery カナダ
DNF Oscar Fonbaek ノルウェー
DNF Septimus Francom イギリス
DNF William Gruner スウェーデン
DNF David Guttman スウェーデン
DNF Karl Hack オーストリア
DNF Bohumil Honzatko ボヘミア
DNF Aarne Kallberg フィンランド
DNF Andrejs Kapmals ロシア
DNF Tim Kellaway イギリス
DNF Tatu Kolehmainen フィンランド
DNF Andrejs Kruklins ロシア
DNF Francisco Lazaro ポルトガル
DNF Ivan Lonnberg スウェーデン
DNF Louis Pauteux フランス
DNF Vladimir Penc ボヘミア
DNF Stuart Poulter オーストララシア
DNF Nikolajs Rasso ロシア
DNF John Reynolds アメリカ
DNF Henrik Ripszam ハンガリー
DNF Francesco Ruggero イタリア
DNF Michael J. Ryan アメリカ
DNF Frantisek Slav?k ボヘミア
DNF Carlo Speroni イタリア
DNF Arthur St. Norman 南アフリカ
DNF Dragutin Tomasevic セルビア
DNF Gustaf Tornros スウェーデン
DNF Aleksandrs Upmals ロシア
DNS Ben Allel フランス
DNS Jean Capelle フランス
DNS Mathias de Carvalho ポルトガル
DNS Nino Cazzaniga イタリア
DNS Orlando Cesaroni イタリア
DNS Nikolay Khorkov ロシア
DNS Paul Coulond フランス
DNS Charles Davenport イギリス
DNS George Day イギリス
DNS Alex Decoteau カナダ
DNS Ahmed Djebelia フランス
DNS George Goulding カナダ
DNS Gaston Heuet フランス
DNS Joseph Keeper カナダ
DNS Alexandre Kracheninin ロシア
DNS Jean Lespielle フランス
DNS Henry Lewis イギリス
DNS Henry Lorgnat フランス
DNS Edmond Neyrinck フランス
DNS Mikhail Nikolsky ロシア
DNS Alfred Nilsen ノルウェー
DNS Ole Olsen ノルウェー
DNS Jacob Pedersen ノルウェー
DNS Samuel Raynes イギリス
DNS Leonard Richardson 南アフリカ
DNS Joseph Zaitsev ロシア
DNS Alphonso Sanchez チリ
DNS John Tait カナダ
DNS Zivko Vastic セルビア
DNS Rene Wilde ロシア

エピソード

 1912年のオリンピックは、日本人初の参加のオリンピックです。
選手は、マラソンの金栗四三と短距離の三島弥彦の二人だけでした。

 上記、記録表には金栗四三の記録が54年8か月6日5:32:20となっていますが公式には途中棄権となっています。
 54年8か月6日5:32:20という記録はフルマラソン世界最遅記録で詳しく書いています。

 金栗四三は、レース中に日射病に掛かり倒れ近くの農家の人に介抱さあれます。金栗四三が気が付いたのは翌日で、レースをあきらめ帰国しました。

 当時、日本からスウェーデンに行くのには船で20日もかかり、そのうえ白夜で睡眠も十分にとれていなかった。
 食事も口に合わず、レース当日、迎えの車が来ずに競技場まで走っていった。
 こんな体調の上、気温は40℃という記録的な暑さだった。

 マラソン中に消えた日本人の話は、地元でしばらくの間話題になっていた。

 また、今レースはに初の死亡者がでた。ポルトガルのFrancisco Lazaro選手で暑さのため脱水症状だと考えれている。
 Francisco Lazaro選手は日焼け止めにシュートという脂を全身に塗っていた。そのため発汗が抑えられ体温調整が抑えられためでもあった。


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