マラソン大会や日程などの情報サイト

マラソン大会のエントリーや参加資格、コース地図などの情報満載!日本全国や世界でも大人気になっています。

*

フルマラソン世界最遅記録

   

 マラソンは制限時間がありその時間以内に完走しなければ記録として残りません。市民マラソンで6時間や7時間以内が多くあり、通常であれば最遅記録など存在しません。ところがフルマラソン(42.195㎞)には最遅記録があります。しかも公式記録です。

タイム 氏名 所属 大会
54年8か月6日5時間32分20秒3 金栗四三 日本 第5回ストックホルムオリンピック 1912

 日本からストックホルムには船と列車で20日もかかり、この時期は白夜に近く寝不足になり、当時は日本食もなく、そんな中迎えに来るはずの車が来ずに会場まで走っていき、ストックホルムは夏でも20℃少し超える程度で過ごしやすいところですが、この年には記録的な猛暑で最高気温が40℃にもなり、参加者の約半数が棄権し、熱中症で亡くなる人がでるほどでした。金栗四三も途中で倒れ民家の人に助けられ目を覚ましたのは次の日でした。
 地元では途中で消えた日本人の話がしばらくの間、話題になり民家でお茶とお菓子をご馳走になってそのまま棄権したなどの噂までたちました。

 スウェーデンはストックホルムオリンピック開催55周年記念の式典をすることになり、オリンピック委員会は当時のレース中に失踪して行方不明扱いなっていた金栗四三の本当の理由を知り、式典でゴールさせようと決め招待しました。金栗四三は競技場をゆっくり走りテープを切りました。そのときのアナウンスが「日本の金栗、ただいまゴールイン。タイム54年と8カ月6日5時間32秒3、これをもって第5回ストックホルムオリンピック大会の全日程を終了します。」・・・・・・・・・。

 これは公式記録です。ストックホルムオリンピックでのマラソンの距離は40.2㎞で公認記録にはなりません。

 金栗四三(かなぐりしそう 1891年~1983年)は熊本県出身の日本のマラソン選手です。1911年のストックホルムオリンピックで日本人で初のオリンピック選手の一人で、世界記録を27分も縮める大記録(2時間32分45秒:当時は25マイル40.225㎞)を出しました。マラソン引退後も日本のマラソン界の発展に大きく関わり「マラソンの父」とも呼ばれています。

 - 記録